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佐賀地方裁判所 昭和42年(ワ)66号 判決 1968年2月26日

原告

山田田生子

被告

八坂藤雄

主文

被告は、原告に対し、金二〇〇万円およびこれに対する昭和四一年五月五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを二分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

この判決は、第一項にかぎり、仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金四〇〇万円およびこれに対する昭和四一年五月五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに右第一項についての仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、被告は、佐一せ一二七八号大型貨物自動車(以下単に本件自動車という。)の所有者であつて、自己のために本件自動車を運行の用に供しているものであり、訴外山下幸雄は、被告から雇われて、被告のために自動車の運転に従事しているものである。

二、(一)、ところで、訴外山下幸雄は、昭和四一年五月四日午後三時五〇分頃、被告のために本件自動車を運転操縦して、佐賀市方面から、武雄市方面へ向け進行中、佐賀県杵島郡大町町の国鉄大町駅前附近の道路上で、当時満七歳(昭和三三年七月一六日生れ)の原告(女子)に対し、本件自動車による傷害を与えた。

(二)、そして、その傷害は、外陰部から右大腿部にわたる筋肉の拘縮、右大腿骨骨折部の不完全治癒、尿道ならびに腟の不完全、および跛行の後遺症をともなわしめるほどの右大腿骨開放骨折兼骨盤骨折、右大腿部および外陰部皮膚筋肉断裂ならびに剥離などであつた。

三、しこうして、右事故の発生は、つぎのとおり、訴外山下幸雄の過失によるものであつた。

(一)、すなわち、訴外山下幸雄が本件自動車を運転して、前記大町駅前の横断歩道の手前にさしかかつたときには、その左側前方にはバスを待つている者が数名おり、さらに右側前方には対面して進行してきた自動車一〇台ぐらいが連続一旦停車していて、同横断歩道の右側は、同訴外人からは見えない状況にあつた。

(二)、であるから、このような場合、自動車を運転する者は、警音器を吹鳴し、かつ減速をして、事故の発生を未然に防止しなければならないはずであつた。

(三)、にもかかわらず、訴外山下幸雄は、その注意義務を怠り、警音器も吹鳴せず、かつ減速もしないで、本件自動車をそのまま進行させたため、折柄右方停車中の自動車の陰から同所横断歩道上を左方へ横断しはじめた原告を、右斜前方約一〇メートルの地点で発見し、急制動をほどこしたが、およばず、ついに本件自動車の右前照灯附近を原告に衝突させて、原告をその場に転倒させ、さらにその身体を本件自動車の右側前車輪で押しやつて、そのために、原告に対して前記傷害をこうむらせるにいたつたものである。

四、したがつて、被告は、本件自動車の保有者として、その運行により原告の身体を害したことによつて生じた原告の損害を賠償しなければならない責めを負う。

五、しこうして、原告は、右事故によつて甚大な精神的打撃をこうむり、この苦痛を慰藉するがためには、少くとも金四〇〇万円を必要とする。

六、それで、原告は、被告に対し、右慰藉料金四〇〇万円およびこれに対する本件不法行為の日の翌日である昭和四一年五月五日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

と述べ、さらに被告の後記四の(一)、(二)の各主張に対し、

七、その原告ならびに訴外山田輔男の各過失についての主張事実はいずれも否認する。

と述べ、〔証拠略〕を援用した。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

一、原告の前記一、二の(一)の各主張事実はいずれも認めるが、同二の(二)の主張事実は否認する。

二、同三の主張事実のうち、(一)のそれは認めるが、(三)のそれは否認し、過失についての主張を争う。

三、同五の主張事実は否認する。

と述べ、さらに主張として、

四、(一)、本件事故は、訴外山下幸雄としては、その際前記横断歩道上には人影がなかつた関係上、見透しのきかない自動車の陰から人がとび出してくるなどということはとうてい予想できない状況にあつたにもかかわらず、原告が停車中の自動車の陰から突然とび出してきて、本件自動車に接触したため、発生したものであるから、その過失の責めは、もつぱら原告本人にある。

(二)、また、原告が当時満七歳の幼児であつた関係上、仮りに当時その行為の責任を弁識するに足りる知能をそなえていなかつたものとすれば、本件事故は、原告を監督すべき義務のあるその親権者父訴外山田輔男が右義務を怠つたため、発生したものであるから、その過失の責めは、もつぱら右訴外人にある。

(三)、したがつて、以上いずれにしても、被告には、原告に対する本件賠償責任はない。

と述べ、〔証拠略〕をいずれも認めた。

理由

原告主張の前記一および同二の(一)の各事実は、いずれも当事者間に争いがなく、同二の(二)の事実は、〔証拠略〕を総合して明らかであり、これを覆えすに足りる証拠はない。

しこうして、原告主張の前記三の(一)の事実は、当事者間に争いがないから、このような場合、自動車の運転に従事する者としては、警音器を吹鳴し、かつ減速をして、事故の発生を未然に防止しなければならない法律上の注意義務を有するものであることはいうまでもないところ、〔証拠略〕によると、原告主張の前記三の(三)の事実を認めることができ、これに反する証人山下幸雄の証言は、前記の各証拠に照らして信用できないし、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上の各事実をあわせ考えると、本件事故による原告の受傷は、被告のために自動車の運転に従事していた訴外山下幸雄の、本件自動車の保有者である被告のためにする同自動車の運行の際の過失によつて生じたものと認めるのが相当である。

ところで、被告は、前記四の(一)のとおり主張する。そして、訴外山下幸雄が本件自動車を運転して、本件事故現場の横断歩道の手前にさしかかつたときには、その左側前方にはバスを待つている者が数名おり、さらに右側前方には対面して進行してきた自動車一〇台ぐらいが連続一旦停車していて、その横断歩道の右側が、同訴外人からは見えない状況にあつたことは、前記のとおりであり、この事実に、〔証拠略〕を総合すると、原告は、前記大町駅から乗車して帰宅しようとする伯母(父の姉)たちを見送るため、同人たちから相当おくれて、前記横断歩道のところまで来たとき(そのとき、伯母たちは、すでにその横断歩道を渡つて、右大町駅に到着していた。)、佐賀市方面へ向つて進行していた自動車が同横断歩道のところで停車し、その運転手が手で渡るように合図をしてくれたように感じたので、急いで右駅の方に渡ろうと思い、同横断歩道上には他に人影はなかつたけれども、危険はないものと信じて、左右を確認することなく、小走りにその横断歩道を渡ろうとしたものであつたことを認めることができ、これを動かすに足りる証拠はない。しかし、自動車の陰から人がとび出してくるなどということはとうてい予想できない状況にあつたという被告の主張事実については、そのしからざることは、前記のとおりであるばかりでなく、右事実に、前記の、本件事故発生の日が昭和四一年五月四日であつて、原告が昭和三三年七月一六日生れ(当時満七歳)の女子であることを総合して考えると、右のような事実関係のもとにおいては、原告としては、その行為の結果おこりうること、すなわち事理を弁識するに足りる知能をまだそなえていなかつたものと認めるのが相当である。

また、被告は、前記四の(二)のとおり主張する。しかし、その義務懈怠の主張事実を認めさせるに足りる証拠はない。

しかも、自動車の保有者がその運行によつて他人の身体を害したときに負う損害賠償責任は、その保有者が、自己(運転者だけではない。)および運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかつたこと、被害者または運転者以外の第三者に故意または過失があつたこと、ならびに自動車に構造上の欠陥または機能の障害がなかつたことを証明するのでなければ、これを免れることのできないものであるから、被告の右各主張は、いずれも理由がない。

そうすると、被告は、本件自動車の保有者として、本件事故によつてこうむつた原告の損害を賠償すべき義務があるものといわなければならない。

そこで、原告主張の損害について判断する。

〔証拠略〕によると、原告は、四人姉妹弟の長女であつて、その父山田輔男(親権者は、父だけである。)は、本件事故当時は、採炭夫であつたが、現在は、職業訓練所の受講生であつて(昭和四二年八月二八日の本件口頭弁論期日当時)、満三四歳であること。また、原告は、昭和四二年三月二〇日から九州大学医学部附属病院に入院(右口頭弁論期日当時入院中)し、跛行の後遺症をできるかぎり軽度なものにするため、四回の手術を受けたが、右の後遺症にかぎらず、その余の前記各後遺症も、もとどおりになる可能性は、いまのところまずなく、成人しても、女性としての性生活の面で、婚姻すらおぼつかないことを、また、〔証拠略〕によると、訴外山下幸雄は、本件事故以前に、道路交通法違反による罰金刑歴が三回あること。被告は、林業を営んでいるものであるが、本件事故当時は、トラツク三台を所有し、現在、売上平均月額は約五〇〇万円(もつとも、多額の負債もある。)、登記簿上の所有不動産は田四筆(一反二畝一九歩、六畝一九歩、七畝二〇歩、二畝一一歩)、畑二筆(五畝一四歩、二畝二八歩)、原野三筆(一〇歩、四畝二四歩、八畝)、および山林五筆(一反二畝、二畝一歩、一畝一二歩、一畝二〇歩、三畝一五歩)であること。原告がはじめに入院した大町町立病院に対する支払いは、同病院、原告側、被告以上三者間の話合いにより、また前記附属病院に対する支払いは、原告側と被告との間の話合いによつて、いずれも被告がすることになつており、前者の分については、すでに七九万余円が支払いずみであるが、その残額八〇万余円と後者の分が未払いであること。なお、被告は、そのほか、原告側のために、見舞金、菓子果物代、本代、食事代、タクシー代、血液代などとして、合計五万円程度の支出をしていることをそれぞれ認めることができ、右各認定を左右するに足りる証拠はない。そして、これらの事実に、前記の各事実その他一切の事情を総合して斟酌すると、本件傷害事故によつてこうむつた原告の精神的苦痛は、甚大であり、これを慰藉するためには、少くとも金二〇〇万円を必要とするものと認めるのが相当である。してみると、被告は、原告に対し、右慰藉料金二〇〇万円およびこれに対する昭和四一年五月五日(前記の本件事故発生の日の翌日、原告の請求による。)から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるものというべきであるから、原告の本訴請求は、被告に対し右金員の支払いを求める限度においては、正当としてこれを認容すべきであるが、その余の請求は、失当としてこれを棄却すべきである。

それで、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条本文を、主文第一項についての仮執行の宣言については同法第一九六条第一項、第四項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 桑原宗朝)

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